古いホテルに泊まれるのは、その建物が今の地震に備えて手当てされているからだ。基準はどう変わり、建物はどう補強されるのか。ブレース、耐震壁、柱の補強、免震化。そして、外観も内観も変えずに強くするという、歴史ある建物ならではの難しい選択を読む。
その建物は、いつの基準で建ったか
日本の建物の地震への備えは、大きな地震のたびに見直されてきた。1950年に建築基準法ができ、1968年の十勝沖地震で鉄筋コンクリート造に大きな被害が出たことを受けて、1971年には柱の基準が改められた。
いちばん大きな節目は、1981年6月1日に施行された「新耐震基準」だ。震度5強程度ではほとんど損傷せず、震度6強〜7程度でも人命に危害を及ぼすような倒壊をしないことを目安に、中くらいの地震と大きな地震の二段階で建物を確かめる考え方になった。
- 1950建築基準法ができる
- 1971十勝沖地震を受け、鉄筋コンクリートの柱の基準を改正
- 1981新耐震基準を施行6月1日
- 1995阪神・淡路大震災。耐震改修促進法ができる
- 2013法改正。大きなホテル・旅館などに耐震診断を義務づけ
1995年の阪神・淡路大震災では、犠牲者の8割以上が建物の倒壊によるものだった。被害は1981年より前に建てられた建物に集中した。この年、古い建物の耐震化を進めるための「耐震改修促進法」がつくられる。
2013年の改正では、旅館やホテル、病院、店舗など多くの人が使う建物のうち、階数3以上かつ床面積の合計5,000㎡以上で、旧耐震基準で建てられたものに耐震診断が義務づけられた。結果は自治体が公表している。国の集計では、公表された約10,600棟のうち約17%にあたる約1,800棟が、大地震に対して耐震性が不十分と判定された。
強さをはかる数字、Is値
耐震診断では、建物の強さを「Is値(構造耐震指標)」という数字で表す。建物の固さや粘り強さ、形、古くなった度合いを合わせて計算する指標で、0.6以上なら地震で倒壊・崩壊する危険性が「低い」、0.3以上0.6未満なら「ある」、0.3未満なら「高い」と判定される。
この0.6という線には、過去の地震の裏づけがある。十勝沖地震や宮城県沖地震ではIs値0.6以上の建物にほとんど被害がなく、兵庫県南部地震でも、0.6以上の建物の被害はおおむね小破以下だった。一方、0.4以下の建物は多くが倒壊または大破している。
補強の方法は、一つではない
診断で弱さがわかった建物は、補強される。方法はいくつもあり、それぞれに得意と不得意がある。建物を強くする代わりに、窓がふさがったり、部屋の見た目が変わったりすることもある。
- 鉄骨のブレース:柱と梁の枠の中に斜めの材を入れて固める。効果は大きいが、窓や部屋の前に斜めの材が見える。
- 耐震壁を増やす:開口部をコンクリートの壁でふさぎ、建物を固くする。光や眺めと引き換えになる。
- 柱を巻く:柱に鋼板や炭素繊維を巻いて、粘り強くする。柱が少し太くなるが、部屋の使い方は変わりにくい。
- 外付けのフレーム:建物の外側に鉄骨の枠を付ける。中の壁やサッシをあまり壊さずにすむ。
- 制震・免震:揺れを吸収する装置を入れる、または建物と地盤を切り離す。免震は上の建物の見た目をほとんど変えない。
歴史のある建物では、もう一つ大事な条件がある。工事で火を使わないことだ。溶接の火花は、古い木材や内装にとって危険になる。分割した鋼板と繊維シートを組み合わせ、重機も溶接も使わずに柱を補強する工法も開発されている。
ホテルニューグランド:営業しながら、変えずに
横浜のホテルニューグランド本館(1927年、渡辺仁設計)は、2013年の改正で診断が義務になった建物にあたる。地上6階、鉄骨鉄筋コンクリート造と鉄筋コンクリート造で、延床面積は5,006㎡。改修の設計と施工は清水建設が担った。
竣工当時の図面が十分に残っていなかったため、4年をかけて建物全体を調べ、現況図をつくり直すところから始めた。方針は「外観も内観も変えない」こと。柱の補強には、火を使わずにすむ「かみ合わせ鋼板巻き工法」を採用した。漆喰と石膏レリーフの天井も、いったん装飾を外して下地を補強し、元の位置に戻している。
強くしたことが、見てもわからない。それが、この改修のいちばんの成果だった。
しかも工事は、ホテルとして営業を続けながら進められた。客への影響が小さい工法を選び、作業の時間も調整した。第2期の工事費は約23億円で、2016年10月にリニューアルを迎えている。この改修は、建物の長寿命化を顕彰するBELCA賞や、耐震改修優秀建築賞を受けた。
休んで、直すという選択
一方、休館して大がかりに直す道を選んだホテルもある。箱根の富士屋ホテルは2018年4月に休館し、本館など7棟の耐震補強工事に入った。補強の部材は床や壁、天井の中に入れて外から見えないようにし、意匠の保存を最優先した。調査と設計に約4年、工事に約2年をかけ、2020年7月に再び開業している。
東京駅丸の内駅舎も、建物の下に免震の層をつくる大規模な工事のため、駅舎内の東京ステーションホテルは2006年から2012年まで休業した。営業を続けるか、休んで直すか。その選択は、建物の大きさや傷み具合、守りたいものによって変わる。
泊まって、補強を探す
耐震改修がうまくいった建物ほど、補強は目に入らない。それでも、柱の角や太さ、天井と壁の取り合いを注意深く見ていくと、新しく手が加わった跡に気づくことがある。見つからなければ、それもまた、職人と設計者の仕事の確かさの証だ。
この技法が見られるホテル
- ホテルニューグランド(横浜・1927年・渡辺仁):営業を続けながら、外観も内観も変えずに耐震改修
参考にした資料
- 国土交通省 四国地方整備局「住まいの安全 Q&A」/東京都「マンション耐震化読本」
- 建築研究所 講演資料(新耐震基準の考え方)/内閣府『防災白書』平成19年版
- 国土交通省「耐震改修促進法の改正と耐震診断結果の公表」資料
- 京都府「耐震診断の判定基準(Is値)」/文部科学省 学校施設の耐震化に関する資料
- 国土交通省 住宅・建築物技術高度化事業(無火気の柱補強工法)報告
- 日本建設業連合会 耐震改修事例(ホテルニューグランド)/神奈川新聞(2016年10月4日)
- 富士屋ホテル プレスリリース(2020年)/BELCA賞 受賞資料/神奈川新聞(2018年4月3日)
- JR東日本 技術誌(東京駅丸の内駅舎の免震化)/JR東日本 プレスリリース(2011年9月6日)


