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コラム2026.10.21

地面と建物を切り離す ― 免震のしくみ

地震に「耐える」のでも「吸収する」のでもなく、揺れを建物に「伝えない」。免震は、建物と地面のあいだにやわらかい層をはさむことで、それを実現する。積層ゴムの仕掛けから、日本初の免震住宅、そして百年前の駅舎を下から持ち上げて免震化した東京駅の工事まで。

目次

耐える、吸収する、伝えない

地震への備え方は、大きく三つに分けられる。耐震は揺れに耐え、制震は揺れを吸収し、免震は揺れを伝えない。ふつうの建物は地面の上に直接建っているので、地面の揺れがそのまま建物に入ってくる。耐震は、その揺れに負けないよう柱や梁、壁を強くする。制震は、建物の中にダンパーを入れて揺れのエネルギーを吸い取る。

免震は、発想が違う。建物と地面のあいだに「免震層」をはさみ、地面が揺れても建物にその揺れが伝わりにくいようにする。建物そのものを強くするのではなく、揺れの入り口を絞るのだ。

図解耐震・制震・免震のちがい
耐震柱・梁・壁を強くして揺れに耐える制震ダンパーが揺れのエネルギーを吸収する免震建物と地盤を切り離し揺れを伝えにくくする地震の揺れ点線は揺れたときの建物の傾き(イメージ)

横にやわらかく、縦にかたい

免震層の主役は「積層ゴム」だ。やわらかいゴムのシートと薄い鋼板を何層にも重ね合わせると、上下方向にはかたく、水平方向にはとてもやわらかいという、不思議な性質が生まれる。建物の重さはしっかり支えながら、横の揺れに対しては、ゆっくりと大きく動いてかわす。

図解積層ゴムのしくみ
ふだん地震のとき地盤が動くゴム薄い鋼板鉛(揺れを熱に変える)横にはやわらかく動き、縦には建物の重さをしっかり支える

ただし、やわらかいだけでは揺れがいつまでも続いてしまう。そこで「ダンパー」を組み合わせて、揺れを止める。オイルダンパー、鋼材ダンパー、鉛ダンパーなどがあり、ゴムの中心に鉛の棒を入れた「鉛プラグ入り積層ゴム」は、支える役と揺れを止める役を一つでこなす。鉛が変形するときに、揺れのエネルギーを熱に変えるのだ。

  • アイソレータ(支える):積層ゴム、すべり支承、転がり支承
  • ダンパー(止める):オイル、鋼材、鉛
  • 積層ゴムの種類:天然ゴム系、鉛プラグ入り、高減衰ゴム系

ゆっくり揺れるための、すき間

免震の建物は、地震のとき、地面に対してゆっくりと大きく動く。福島県いわき市の市庁舎を免震化した例では、建物の揺れの周期は約4.3秒、建物のまわりのすき間(クリアランス)は55cmに余裕の5cmを加えてとっている。日本免震構造協会の表示の文例には「地震の時には建物周辺の床パネルが50cm程度移動する場合があります」とある。

このすき間をふさがないことが、免震の建物を使ううえでの約束になる。建物のまわりの可動式の床や、入口の継ぎ目(エキスパンションジョイント)は、そのための仕掛けだ。

Numbers数字で読む免震
1983年日本初の免震建物(八千代台の住宅)の完成
約4.3秒免震化した建物の揺れの周期の例(いわき市庁舎)
50cm程度地震のときに建物周辺の床が動く幅の目安(表示の文例)
1万棟以上日本の免震建物の数(戸建て住宅を含む)

日本の免震の歩み

鉛プラグ入り積層ゴムは、1975年にニュージーランドで開発された。日本で最初の免震建物とされるのは、千葉県八千代市の「八千代台免震住宅」で、1983年に完成した(工事は1982年とする資料もある)。クリアランスは35cmだった。

転機は1995年の阪神・淡路大震災だ。それまでの約10年間に建てられた免震建物は80棟あまりだったが、震災後に急増し、1997年以降は毎年110〜150棟が建てられた。いまでは、戸建て住宅を除いても約5,300棟、戸建てを含めると1万棟を超える。

年表免震の歩み
  1. 1975ニュージーランドで鉛プラグ入り積層ゴムを開発
  2. 1983八千代台免震住宅。日本初の免震建物
  3. 1995阪神・淡路大震災。この後、免震建物が急増
  4. 1998国立西洋美術館。日本初の免震レトロフィット3月
  5. 2002大阪市中央公会堂を免震化
  6. 2012東京駅丸の内駅舎の保存・復原が完成10月

すでにある建物を、あとから免震にする

免震の技術は、新しい建物だけのものではない。すでに建っている建物の下に免震層をつくる方法を「免震レトロフィット」という。上の建物にほとんど手を加えずにすむため、歴史的な建物の保存と相性がいい。日本で最初にこの改修が行われたのは、ル・コルビュジエが基本設計した上野の国立西洋美術館本館(1959年竣工)で、1998年3月に工事を終えた。

東京駅:百年前の駅舎を、下から持ち上げる

東京駅丸の内駅舎の保存・復原(2012年完成)では、駅舎の下に免震層がつくられた。ふつうの方法で耐震補強をすると、内側の壁の約5割に手を加える必要があった。免震なら、補強はほとんどいらない。煉瓦の壁を削らずにすむことが、免震を選んだ理由だった。

工事では、約7万トンの駅舎を仮の杭で支えながら、その下を掘り進めた。地下階と1階の躯体のあいだに、鉛プラグ入り積層ゴムなどのアイソレータ352基と、オイルダンパー158基が据えられている。大地震のときの免震層の動きは、ふつうの免震建物の約50cmに対し、20cm以下に抑える設計だ。

断面東京駅丸の内駅舎の断面(模式図)
屋根天然スレート
3階戦後に失われた階を復原
2階創建時の鉄骨煉瓦造。客室
1階創建時の鉄骨煉瓦造。改札
免震層アイソレータ352基、オイルダンパー158基
地下駅舎の下の地下階
Numbers数字で読む東京駅の免震化
352基アイソレータ(積層ゴム)
158基オイルダンパー
約7万t仮受けした駅舎の重さ
20cm以下大地震のときの免震層の変形(ふつうは約50cm)

百年前の建物を守るために、いちばん新しい技術を、いちばん見えない場所に入れる。

基礎免震と、中間層免震

免震層をどこに置くかにも、いくつかの方法がある。建物の基礎の下に置き、建物全体を免震にするのが「基礎免震」。途中の階に置くのが「中間層免震」で、免震層より下の階は免震にならない。東京・汐留住友ビルは12階の床下に、大阪の中之島フェスティバルタワーは7階の床下に免震層がある。

泊まって、免震を見つける

免震の建物には、入口など見やすい場所に、免震建築物であることを示す表示をするよう定められている。ホテルの入口でその表示を探してみてほしい。そして足元を見ると、建物と地面の境目に、金属の継ぎ目や、少し浮いたような床のパネルが見つかるかもしれない。地震のとき、建物が動くために用意されたすき間だ。

この技法が見られるホテル

参考にした資料

  • 日本免震構造協会(JSSI)「免震建築とは」「免震建物の表示」
  • 国土技術政策総合研究所 年報(2006年)/北海道大学 資料(積層ゴムのしくみ)
  • 建築研究所 刊行物 No.162/建築研究所『えぴすとら』102号
  • 高山峯夫(福岡大学)「免震構造の歴史」/『MENSHIN』118号(2022年)
  • いわき市 市庁舎免震改修 資料/気象庁 長周期地震動に関する検討会 資料/川崎市 資料(中間層免震)
  • 国土交通省 関東地方整備局「国立西洋美術館」
  • JR東日本テクニカルレビュー No.52・No.44/政府広報 Highlighting Japan(2012年10月)/日本建設機械施工協会誌(2007年10月)
  • 大阪市中央公会堂 公式サイト