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ホテルNo. 01

ホテルニューグランド

震災復興の洋館に、泊まる。Hotel New Grand

建築家
渡辺仁
所在地
神奈川・横浜
竣工/開業
1927/1927
構造
SRC造・RC造、地上6階(本館)
ホテルニューグランド
山下公園に面した本館の正面。関東大震災からの復興のさなか、1927年に開業した。

横浜・山下公園の向かいに、渡辺仁が設計した本館が1927年から立ち続けている。関東大震災で焼けた港町が、外国からの客を迎えるために建てたホテルだ。その洋館の大階段を上ると、天女の織物と鳳凰の彫刻が待っている。

目次

港に向いた、復興の顔

山下公園の海側から振り返ると、6階建ての本館が通りに沿って長く構えている。目の前には氷川丸と港が広がる。この建物は、港町の「顔」として建てられた。

1923年の関東大震災で、横浜の街と外国人向けのホテルは壊滅した。当時の横浜は日本の玄関口であり、外国からの客を迎える洋風のホテルが急いで必要だった。建設を主導したのは横浜市で、地元の財界が支え、運営を民間に委ねた。その経緯から、本館の建物はいまも横浜市とホテルの会社が共有している。

設計を任されたのは渡辺仁である。国会議事堂の設計競技に入選して間もない、39歳の建築家だった。施工は清水組(現在の清水建設)が担い、1927年12月1日に開業した。

年表港町と本館の百年
  1. 1923関東大震災。横浜の街とホテルが壊滅
  2. 1927本館が開業12月1日
  3. 1945横浜大空襲。本館は延焼しなかったという
  4. 1992横浜市の認定歴史的建造物に。中庭を創建時の広さに戻す
  5. 2014約40年ぶりにネオン看板が復活。耐震改修
  6. 2016耐震改修
  7. 2025中庭を大規模に修繕。光の演出「Aqua Bloom」が始まる

外観は、全体として西洋の正統的なホテルの姿をとる。ところが中に入ると、印象が変わる。震災から立ち上がる港町は、西洋の客を西洋の様式だけで迎えなかった。この記事の問いは、そこにある。

泊まる人は、まず港に向いた正面を外から眺めてから入ってほしい。夜には、屋上の「HOTEL NEW GRAND」のネオン看板が灯る。2014年10月、約40年ぶりに復活したものだ。港町の夜景の一部として、建物が名乗りを上げている。

洋館の内側の、東洋

本館は鉄骨鉄筋コンクリート造と鉄筋コンクリート造を組み合わせた構造で、地上6階建てである。1945年の横浜大空襲では本館にも焼夷弾が当たったが、頑丈なコンクリート造のため延焼しなかったという。

見るべきは内装だ。2階のロビーと宴会場は、洋風建築に東洋的な装飾や手法を取り入れた空間として評価されている。天井は、漆喰の仕上げに石膏のレリーフを組み合わせた吊り天井だ。漆喰は石灰を主成分とする壁の仕上げ材で、職人が鏝で形づくる。

ロビーには、京都の川島織物が制作した綴織「天女奏楽之図」が掛かる。寺院の釣灯籠を思わせる青銅のランプ、古代インド風の壁面レリーフ、マホガニーの柱に刻まれた弁財天の像もある。椅子は、元町の職人が手がけた「横浜家具」で、開業時から使われている。開業当時からのキングスチェアの肘かけには、天使の彫刻がある。

比べる2階ロビーに並ぶ、二つの文化
西洋のもの東洋のもの
家具開業時からのキングスチェア(肘かけに天使の彫刻)元町の職人による「横浜家具」
装飾マホガニーの柱柱に刻まれた弁財天の像、古代インド風のレリーフ
灯り・織物洋風建築の吊り天井釣灯籠を思わせる青銅のランプ、綴織「天女奏楽之図」

西洋の椅子に天使、壁には天女。二つの文化の装飾が、一つの部屋に並ぶ。

宴会場「レインボーボールルーム」の漆喰のアーチ天井は、当時の左官職人の最高傑作とされる。正面には鳳凰の彫刻がある。戦後の接収期にシャンデリアが外され、レインボー照明が付けられた。現在の保存では、創建時に戻すのではなく、市民の記憶に残るこの姿を残す方針をとった。

本館は1992年に横浜市の認定歴史的建造物となった。2014年と2016年の耐震改修では、柱の補強に火気を使わない鋼板巻きの工法を用いた。ロビーと宴会場のレリーフ天井は一度取り外して保存し、元の位置に戻している。営業を続けながら、装飾を守って建物を強くした改修である。

大階段から始まる滞在

本館の正面玄関を入ると、すぐに大階段がある。青い絨毯の両側を覆うタイルは、開業当時のものだ。階段を上りきった2階に、かつてのロビーが広がる。船旅の時代、長い航海を終えた客は、この階段を上るところから横浜での滞在を始めたという。

泊まるなら、大階段を朝と夜の両方で上ってほしい。昼の自然光と夜の照明で、タイルの釉薬の光り方が違うはずだ。人の少ない朝の2階ロビーで、天女の織物と天井のレリーフを、時間をかけて見上げたい。

1階の奥には中庭がある。中央の噴水はイタリアから輸入したものだ。1992年の改修で、中庭は創建当時の広さに戻された。2025年には初めて大規模に修繕され、夜の光の演出「Aqua Bloom」が始まった。毎晩19時、19時30分、20時に、約3分ずつ行われる。宿泊客なら、夕食の前後に建物の内側から眺められる。

Numbers数字で読む本館
1927年本館の開業
6階本館の階数
約3分「Aqua Bloom」1回の長さ
56㎡マッカーサーズスイートの広さ

本館には、連合国軍最高司令官のダグラス・マッカーサーが滞在した部屋が「マッカーサーズスイート」として残り、宿泊もできる。広さは56㎡で、予約は電話のみで受け付ける。建物が見てきた戦後の歴史を、一晩かけてたどる部屋である。

渡辺仁と、復興の時代

渡辺仁は、東京・銀座の和光(旧服部時計店)を設計した建築家だ。震災後の東京と横浜で、渡辺は街の目印になる建物を手がけた。

震災直後の港町で、西洋の客を迎える建物に東洋の装飾を重ねる。そこには、外から来る人に、この国の側からの歓迎を示す意図が読み取れる。和光の時計塔を見てから横浜に泊まると、同じ建築家が「街の顔」をどうつくったかを比べられる。

ここで見る、三つのこと

  1. 1本館正面の大階段青い絨毯の両側を覆う、開業当時からのタイル。朝の自然光と夜の照明で、光り方の違いを見比べる。
  2. 22階ロビーの天井と「天女奏楽之図」漆喰と石膏レリーフの吊り天井。耐震改修で一度取り外し、元に戻したものだ。人の少ない朝に見上げたい。
  3. 3夜の中庭イタリアから来た噴水と、光の演出「Aqua Bloom」。毎晩19時・19時30分・20時に約3分ずつ。

「港町は、西洋の客を、東洋の装飾で迎えた。」

SUMIBIKI 編集部
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泊まるための情報

所在地
神奈川県横浜市中区山下町10
アクセス
みなとみらい線「元町・中華街駅」1番出口から徒歩約1分。JR石川町駅から徒歩13分
客室数
230室(本館・タワー館の合計)
料金の目安
本館グランドツイン/ダブル 1室2名 ¥53,130(公式の正規料金・2026年10月時点の目安)。プランにより下がる
公式サイト
www.hotel-newgrand.co.jp
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