日本の都市には、長いあいだ「31m」という高さの上限があった。その線が外れ、地震の国で超高層を可能にしたのは「しなって揺れを受け流す」という逆転の発想だった。霞が関ビルから西新宿の摩天楼、そして空の上にロビーを置くホテルまで。高さの歴史を読む。
百尺、31メートルの時代
大正時代の東京や大阪の写真を見ると、ビルの高さがきれいにそろっていることに気づく。1919年の市街地建築物法が、建物の高さの上限を100尺(約31m)と定めたからだ。住居地域では65尺(約20m)だった。この数字には、はっきりした根拠がとぼしかったとする研究もある。
この上限は、戦後の建築基準法にも引き継がれた。流れが変わったのは1963年の法改正だ。敷地の広さに対してどれだけの延べ面積を建ててよいかを定める「容積地区」の制度ができ、その地区の中では31mの上限が外れた。高さではなく、建物の量で街をコントロールするという考え方への転換だった。絶対的な高さの上限が全面的になくなったのは、1970年のことである。
京王プラザホテルの高さは179mとする資料もある。
固くするのではなく、しならせる
高さの制限がなくなっても、地震の国で高い建物を建てるのは簡単ではなかった。それまでは、建物そのものを強く固くして、揺れに力で耐える「剛構造」の考え方が主流で、鉄筋コンクリート造がいちばん地震に強いとされていた。剛構造では15階程度が限界だとも言われていた。
これに対して、東京大学の武藤清が唱えたのが「柔構造」だ。鉄骨で建物を軽くし、柳の枝のようにしなることで、地震の揺れを受け流す。固い建物は短い周期で小刻みに揺れ、地震の力をまともに受けてしまう。しなやかな高い建物は、ゆっくり大きく揺れることで、その力をかわす。
この考え方を形にしたのが、1968年4月に完成した霞が関ビルディングだ。地上36階、高さ147m。三井不動産は「日本初の超高層ビル」と紹介している。柱には厚い大型のH形鋼、梁には長さ15.6mのハニカムビームを使い、約15,000tの鋼材のうち約11,000tが極厚のH形鋼だった。敷地の7割以上を空地として開き、建物の容積は約50万㎥。のちに「霞が関ビル○杯分」という量の単位まで生んだ。
60mを超えると、国が確かめる
いまの建築基準法では、高さが60mを超える建物は、構造の安全性について国土交通大臣の認定を受けなければならない。地震の揺れの記録を建物のモデルに入力し、時々刻々の揺れ方を計算する「時刻歴応答解析」で、安全を一棟ずつ確かめる。
近年の課題は「長周期地震動」だ。大きな地震では、ゆっくりとした周期の揺れが遠くまで伝わる。固有の周期が長い超高層や免震の建物は、この揺れと共振しやすい。国土交通省は2016年に対策をまとめ、南海トラフの巨大地震を想定して、関東・静岡・中京・大阪の超高層に対策を求めている。制振ダンパーの設置などが有効とされる。
空の上の揺れと、ホテル
超高層の上層階は、地震だけでなく風でも揺れる。ふだんの揺れは命にかかわるものではないが、ホテルの客室では、わずかな揺れも快適さを損なう。そこで、屋上や上層階に、建物の揺れと逆向きに動く重りを置いて揺れを打ち消す「制振装置」が使われる。
大林組が開発した装置は、重りが自然に揺れる方式と、コンピューターで能動的に動かす方式を組み合わせ、強い風や中小の地震による揺れを約3分の1に減らす。横浜ベイシェラトン ホテル&タワーズでも採用された。超高層のホテルの静けさは、見えない重りに支えられている。
西新宿:浄水場の跡に立つ摩天楼
西新宿の超高層街は、淀橋浄水場の跡地に生まれた。1898年に開設された浄水場は1965年に移転し、その跡地を新宿副都心とする計画が1960年に決まっていた。
1971年6月に開業した京王プラザホテルは、地上47階、高さ178m。当時日本一の高さで、日本で最初の超高層ホテルだった。1991年には、丹下健三の設計による東京都庁舎が完成する。第一本庁舎は地上48階、高さ243m。そして1994年、同じ丹下健三・都市・建築設計研究所の設計で、高さ235m、地上52階の新宿パークタワーが完成した。その39階から52階に、パーク ハイアット 東京が入っている。
- 1898淀橋浄水場が開設
- 1960新宿副都心計画が決まる
- 1965浄水場が移転
- 1971京王プラザホテルが開業。日本初の超高層ホテル6月
- 1991東京都庁舎が完成(丹下健三)
- 1994新宿パークタワーが完成。パーク ハイアット 東京が開業
ロビーを、空の上へ
オフィスの上にホテルを載せた超高層では、ロビーを上層階に置く「スカイロビー」の形がよく見られる。パーク ハイアット 東京では、エレベーターで41階に上がったところでホテルが始まる。大手町タワーのアマン東京は33階に、虎ノ門ヒルズのアンダーズ 東京は51階のラウンジでチェックインを受ける。
地上の入口は小さく、空の上に本当の玄関がある。超高層のホテルは、到着の儀式をエレベーターの中に仕込んでいる。
泊まって、高さを感じる
超高層のホテルに泊まったら、窓の外の地上を見下ろすより先に、同じ高さに並ぶほかのビルの頂を眺めてほしい。31mの時代には存在しなかった、空の上の街並みがそこにある。風の強い夜には、カーテン越しに建物がわずかに応えているのを感じられるかもしれない。
この技法が見られるホテル
- パーク ハイアット 東京(西新宿・1994年・丹下健三):新宿パークタワーの39〜52階、41階にロビー
参考にした資料
- 諸星・加藤「建築基準法・都市計画法における絶対高さ規制の変遷に関する研究」都市計画論文集40-3(2005)
- 衆議院「建築基準法の一部を改正する法律」(昭和38年法律第151号)/東京都 都市整備局 資料
- 三井不動産 プレスリリース(霞が関ビルディング)/日本製鉄『季刊ニッポンスチール』/ダイヤモンド・オンライン
- 青森県「建築基準法第20条 審査基準」/大分県 構造計算の資料
- 国土交通省 報道発表(2015年12月18日)/大阪府「長周期地震動対策」
- 大林組 技術の歩み(制振装置)
- 新宿区 資料(淀橋浄水場と副都心計画)/国土交通省 関東運輸局 資料/現代ビジネス(京王プラザホテル)
- 東京消防庁(都庁舎)/東京都環境局(新宿パークタワー)/各ホテルの紹介記事


