京都・蹴上、ウェスティン都ホテル京都の敷地の奥に、村野藤吾が1959年に設計した数寄屋の別館がある。岩盤を落ちる滝の庭と白砂の中庭のあいだで、低く薄い屋根が幾重にも重なる。客室は12室。屋根の下に身を沈め、庭の側から京都を眺める宿である。
崖と庭のあいだの宿
地下鉄東西線の蹴上駅を出て坂を上ると、ウェスティン都ホテル京都の大きな建物が見えてくる。佳水園は、その本館の奥、敷地の高低差を下りた先に、別館としてひっそりと建っている。
この場所には、建物より先に庭があった。元首相・清浦奎吾の別邸「喜寿庵」のために、作庭家・七代目小川治兵衛(植治)の長男、白楊がつくった庭である。自然の岩盤を生かして滝を流し、盃に酒を注ぐ様子に見立てたとされる。白楊が手がけた部分は、1994年に京都市の名勝に登録されたという。
村野藤吾は1959年、この急な崖の庭に寄り添うように佳水園を設計した。敷地の高低差に沿って客室を雁行させ、外観にはリズムのある段差が生まれた。雁行とは、雁の群れが飛ぶ姿のように、建物を斜めにずらしながら並べる配置のことだ。一棟の大きな建物ではなく、庭のあいだに小さな屋根が連なって見える。
滝の上部には、崖にせり出して建つ平屋の「懸け造り」の客室もある。懸け造りは、斜面に柱を立てて床を張り出す建て方で、清水寺の舞台で知られる。庭を眺める建物というより、庭のなかに入り込んだ建物である。この宿の問いは、ここから始まる。
崖と庭を主役にするために、建物は自分をどこまで小さくできるのか。
薄い屋根を、幾重にも
佳水園でまず目に入るのは、屋根だ。入母屋の妻面の屋根が、棟の部分から頭を垂れるように低く下がり、それが幾重にも重なる。入母屋は、上部が切妻、下部が寄棟になった日本の伝統的な屋根の形である。その屋根を、村野は極端に薄く見せた。
佳水園は数寄屋の建築である。数寄屋は、茶室の考え方を取り入れた住まいの様式で、格式張らない軽やかさと、素材の繊細な扱いに特徴がある。構造は木造と鉄筋コンクリート造を組み合わせている。屋根は低く薄い銅板葺きで、木と鉄を組み合わせて薄さを実現したという。
低く、薄く、重なる屋根。それは、建物の背を庭よりも低く抑える工夫と読める。軒先が低いので、屋根の下にいる人の目線も自然と下がり、白砂や芝の地面へ向かう。屋根を重ねることで、一つの大きな量感を、いくつもの軽い面に分けている。崖の庭と白砂の中庭のあいだで、建物は自分の存在を弱めている。
客室を囲む白砂の中庭は、村野自身が手がけた。平らな枯山水のなかに、緑の築山が浮かぶ。築山は瓢箪と盃をかたどったもので、醍醐寺三宝院の庭の写しといわれる。白楊の滝の庭は立体的で、村野の中庭は平面的だ。二つの庭が、佳水園の表と裏をつくっている。
佳水園は2003年に、日本の近代建築の記録と保存を進めるDOCOMOMO Japanの選定建築に選ばれた。
外を変えず、内を変える
2020年7月、佳水園は改修を終えて再び開業した。客室の監修は中村拓志&NAP建築設計事務所、全体の改修設計は大林組が担った。耐震性の不足と、狭く古くなった水回りや客室が課題だったという。
改修の方針は、外観をオリジナルのまま完全に残し、内部を控えめに改めることだった。中村は、村野の空間と庭の美しさを引き立てる、控えめで慎ましい設計が相応しいと考えたと述べている。屋根の銅板は厚くして葺き替えた。内部では、2室をつなげて1室とし、20室と大広間3室を12室にまとめた。平均の客室面積は約40㎡から約70㎡に広がった。天井は全面的に下げたという。
泊まる人にとっての変化もある。敷地内で深さ約1,200mまで掘って湧いた天然温泉を、各客室の風呂に引いた。ロビーには、倉庫だった部屋を改めた宿泊客専用のライブラリーができ、村野の書籍と資料が並ぶ。
泊まるなら、白砂の中庭を朝と夕方の両方で見てほしい。低い軒の下から眺めると、白砂に落ちる屋根の影の長さで、時間の移り変わりがわかるはずだ。夜は、滝の音がどこまで客室に届くかも確かめたい。日帰りの見学では、この庭の一日の変化には立ち会えない。
村野藤吾と、都ホテル
村野藤吾は、広島の世界平和記念聖堂や東京の日生劇場で知られる、日本のモダニズムを代表する建築家だ。都ホテルとの関わりは長く、1936年の5号館に始まり、1960年の新本館、1969年の南館など、半世紀にわたって設計を重ねた。本館のロビーのラウンジチェアも村野のデザインである。
- 19365号館
- 1959佳水園を設計
- 1960新本館
- 1969南館
- 2003佳水園がDOCOMOMO Japanに選ばれる
- 2020改修を終え、佳水園が再び開業7月
2020年前後の全体改修では、南館が4階分低くされ、佳水園からの眺めが戻ったという。村野がつくった建物の一部を削ることで、村野がつくった別の建物の価値を高めた改修でもある。佳水園に泊まったら、本館のロビーにも足を運び、同じ建築家が大きな建物と小さな建物でどう違う顔をつくったかを見比べたい。
ここで見る、三つのこと
- 1白砂の中庭村野が手がけた平らな枯山水と、瓢箪と盃をかたどった緑の築山。朝と夕方で、白砂に落ちる屋根の影の長さを比べる。
- 2中庭から見上げる屋根の重なり入母屋の屋根が棟から頭を垂れるように低く重なる。軒先の薄さに注目する。
- 3白楊の滝の庭自然の岩盤を流れ落ちる滝。夜、滝の音が客室のどこまで届くかを確かめる。
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中村拓志(ウェスティン都ホテル京都 佳水園リニューアルのプレスリリース、2020年)



