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コラム2026.10.21

石から生まれ、石に戻る白 ― 漆喰と天井の装飾

漆喰は、焼いた石灰を水で練り、空気中の二酸化炭素を吸わせて固める壁の材料だ。つまり、塗られた壁は時間をかけて石の成分に戻っていく。左官の手仕事から、洋館の天井を飾る石膏のレリーフ、そして地震から天井を守る現代の補強まで。白い面の奥にあるものを読む。

目次

白い壁は、石の成分でできている

古い蔵や城の白い壁、洋館のロビーの天井。それらの多くは漆喰で仕上げられている。漆喰は、消石灰を主な材料に、麻などの繊維(すさ)と、フノリやツノマタといった海藻のりを加え、水で練った左官材料だ。「漆」の字が入るが漆とは関係がなく、名前は「石灰」の唐音に由来する当て字とされる。

材料の役割ははっきりしている。すさはひび割れを防いで強さを出し、のりは粘りと水もちを与えて塗りやすくする。ここに砂や粘土を混ぜることもある。

漆喰の面白さは、固まり方にある。セメントのように水と反応して固まるのではない。塗られた漆喰は、空気中の二酸化炭素を取り込み、消石灰(水酸化カルシウム)が炭酸カルシウムに変わることで固くなる。

消石灰 + 二酸化炭素 → 炭酸カルシウム + 水
Ca(OH)₂ + CO₂ → CaCO₃ + H₂O

炭酸カルシウムは、石灰石の主な成分でもある。石灰石を焼いて生石灰をつくり、水を加えて消石灰にし、練って塗る。塗られた壁は空気を吸って、また石灰石と同じ成分に戻っていく。漆喰の壁は、石から生まれて石に戻る、ひとめぐりの途中にある。

図解石から生まれ、石に戻る壁
石灰石炭酸カルシウム生石灰焼くと二酸化炭素が出る消石灰水を加える漆喰の壁すさ・のりと練って塗る空気中の二酸化炭素を吸って、石の成分に戻る

ゆっくり固まることの意味

空気と反応して固まる材料を「気硬性」という。漆喰の炭酸化は遅く、施工してから固まりきるまでには長い年月がかかる。研究の場では、二酸化炭素の濃度を高めた環境で炭酸化を早める「促進養生」が使われるほどだ。

乾きが遅いことは、そのまま施工の手間になる。少しずつ乾かしながら塗り重ねる必要があり、時間がかかる。軟らかく水に弱いことも、昔から欠点に挙げられてきた。濡れたままの漆喰は重く、はがれ落ちる危険も高まる。

その一方で、漆喰には暮らしに向いた性質がある。湿気を吸ったり吐いたりする調湿性、断熱性、燃えにくさ。土蔵は、壁土を何度も塗り重ねて20〜30cmもの厚さにし、その上を漆喰などで仕上げた耐火の倉だった。においを和らげ、ホルムアルデヒドを吸着・分解する働きがあることも、研究で示されている。

Numbers漆喰を数字で読む
20〜30cm土蔵の壁の厚さ(塗り重ねたうえで漆喰などで仕上げる)
1815〜1889年鏝絵の名人・入江長八の生没年
約2,000件東日本大震災での天井の被害
2kg/㎡「特定天井」の重さの条件(これを超えるもの)

鏝で、一層ずつ

漆喰は、職人が鏝(こて)で塗る。下塗り、むら直し、中塗り、上塗りと層を重ね、それぞれが落ち着くのを待ってから次の層に進む。下の層は下地にしっかり食い込ませ、上の層ほど薄く、なめらかに仕上げていく。

洋館の天井によく使われたのが「木摺り」の下地だ。細い板を少しずつ隙間をあけて打ち付け、そこに漆喰を塗り込む。隙間に入り込んだ漆喰が裏側で固まり、引っかかって天井を支える。工学院大学の研究によれば、当時の仕様書には練り水の量の指定がなく、練りの硬さは職人の感覚に任されていたという。

図解漆喰の天井ができるまで(断面)
野縁(天井の骨組み)木摺り(細い板を隙間をあけて打つ)下塗り(隙間に食い込ませる)中塗り(平らに整える)上塗り(薄く、なめらかに)石膏のレリーフ(型で抜いて取り付ける)職人が鏝で一層ずつ塗り、乾くのを待って次を重ねる(模式図)

鏝は、面を平らにするだけの道具ではない。江戸時代の中期には、色漆喰で紋や絵を浮き彫りにする「鏝絵」が生まれた。伊豆・松崎に生まれた入江長八(1815〜1889)は、江戸で狩野派の絵を学び、色彩豊かな鏝絵の技法を完成させた。代表作に浄感寺本堂の「八方にらみの竜」がある。

洋館の天井を飾る、石膏の装飾

明治以降の洋館では、漆喰の面に「石膏のレリーフ」を組み合わせた天井が多くつくられた。石膏プラスターは焼石膏を主な材料とし、漆喰とは固まり方が違う。硬く強く、早く固まり、収縮によるひび割れが出にくい。型に流して同じ形の装飾をいくつもつくれるのも、石膏の強みだ。

比べる漆喰と石膏
漆喰石膏プラスター
主な材料消石灰焼石膏
固まり方空気中の二酸化炭素を吸って、ゆっくり固まる早く固まる
性質調湿・防火。軟らかく、水に弱い硬く強い。ひび割れが出にくい
得意なこと鏝で塗る壁や天井の面型で抜く装飾(レリーフ)

横浜のホテルニューグランド本館(1927年、渡辺仁設計)は、その代表的な例だ。2階のロビーと宴会場の天井は、ラスモルタルの下地に漆喰で仕上げ、石膏のレリーフを組み合わせた装飾吊り天井である。宴会場「レインボーボールルーム」のアーチ状の天井は、当時の左官職人の最高傑作とされる。

漆喰の白い面と、型で抜いた石膏の陰影。二つの材料の性格が、一枚の天井で補い合っている。

重い天井を、地震から守る

美しい天井には、弱点もある。重いのだ。2011年の東日本大震災では、天井の落下による被害が約2,000件にのぼった。これを受けて2014年4月に建築基準法の施行令が改正され、一定の条件を満たす吊り天井は「特定天井」として、新しい安全基準が設けられた。

比べる「特定天井」の条件(すべてを満たす吊り天井)
条件目安
高さ6mを超える宴会場や大きなロビー
面積水平投影面積が200㎡を超える広い部屋の天井
重さ天井の部材が2kg/㎡を超える漆喰や石膏の天井は重い

既存の天井には新しい基準はさかのぼって適用されず、「既存不適格」として扱われる(横浜市)。

ホテルニューグランドの改修は、この課題にていねいに向き合った例として知られる。もともと天井は竹と銅線で吊られていた。改修では、既存の石膏レリーフをいったん取り外し、天井の面と下地を補強してから、元の位置に戻した。取り外したレリーフはステンレスの棒で継いで補強し、ガラス繊維で裏打ちしてから付け直している。吊り材はステンレスに替えられた。

事前の調査も念入りだった。コンクリートの試料採取やX線撮影、3Dスキャンに加え、狭い天井裏には、模型の戦車にスキャナーやカメラを載せて走らせたという。主な部材を残し、当時の工法を受け継いだまま強くする。そのための方法を新しく開発し、実物大の振動実験で大地震でも損傷しないことを確かめている。

年表ホテルニューグランドの天井
  1. 1927本館が開業。漆喰と石膏レリーフの天井
  2. 2011東日本大震災。全国で天井の落下が相次ぐ
  3. 2014施行令改正。「特定天井」の基準ができる
  4. 2016天井の耐震化を含む改修を終え、リニューアル10月

泊まって、天井を見る

漆喰の天井は、光で表情を変える。朝、窓からの光が低い角度で入るとき、レリーフの凹凸はいちばん深い影をつくる。夜の照明の下では、白い面がやわらかく光を返す。人の少ない時間のロビーで、同じ天井を二度見上げてみてほしい。

天井を見上げるときは、面と装飾の境目にも目を向けたい。鏝でならした平らな面と、型で抜かれたレリーフでは、光の返し方が少し違う。その違いに気づくと、一枚の天井に二つの手仕事が重なっていることが見えてくる。

この技法が見られるホテル

参考にした資料

  • デジタル大辞泉・世界大百科事典・ブリタニカ国際大百科事典「漆喰」(コトバンク)
  • 沢辺大輔・鳥越宣宏「漆喰の文化と化学」『化学と教育』64巻3号(日本化学会、2016)
  • 田中良ほか「左官材料の炭酸化と物性に関する研究 その1」(日本大学)
  • 東京大学生産技術研究所 桑野研究室「漆喰の物理・力学特性における土質力学的解釈」
  • 日本建築仕上学会 2021年大会学術講演会 梗概(工学院大学・後藤治ほか)
  • 国土交通省「建築物における天井脱落対策」資料/横浜市「特定天井について」
  • 日本建設業連合会 耐震改修事例(ホテルニューグランド)/BELCA賞 受賞資料/神奈川新聞(2016年10月4日)