漆喰は、焼いた石灰を水で練り、空気中の二酸化炭素を吸わせて固める壁の材料だ。つまり、塗られた壁は時間をかけて石の成分に戻っていく。左官の手仕事から、洋館の天井を飾る石膏のレリーフ、そして地震から天井を守る現代の補強まで。白い面の奥にあるものを読む。
白い壁は、石の成分でできている
古い蔵や城の白い壁、洋館のロビーの天井。それらの多くは漆喰で仕上げられている。漆喰は、消石灰を主な材料に、麻などの繊維(すさ)と、フノリやツノマタといった海藻のりを加え、水で練った左官材料だ。「漆」の字が入るが漆とは関係がなく、名前は「石灰」の唐音に由来する当て字とされる。
材料の役割ははっきりしている。すさはひび割れを防いで強さを出し、のりは粘りと水もちを与えて塗りやすくする。ここに砂や粘土を混ぜることもある。
漆喰の面白さは、固まり方にある。セメントのように水と反応して固まるのではない。塗られた漆喰は、空気中の二酸化炭素を取り込み、消石灰(水酸化カルシウム)が炭酸カルシウムに変わることで固くなる。
消石灰 + 二酸化炭素 → 炭酸カルシウム + 水
Ca(OH)₂ + CO₂ → CaCO₃ + H₂O
炭酸カルシウムは、石灰石の主な成分でもある。石灰石を焼いて生石灰をつくり、水を加えて消石灰にし、練って塗る。塗られた壁は空気を吸って、また石灰石と同じ成分に戻っていく。漆喰の壁は、石から生まれて石に戻る、ひとめぐりの途中にある。
ゆっくり固まることの意味
空気と反応して固まる材料を「気硬性」という。漆喰の炭酸化は遅く、施工してから固まりきるまでには長い年月がかかる。研究の場では、二酸化炭素の濃度を高めた環境で炭酸化を早める「促進養生」が使われるほどだ。
乾きが遅いことは、そのまま施工の手間になる。少しずつ乾かしながら塗り重ねる必要があり、時間がかかる。軟らかく水に弱いことも、昔から欠点に挙げられてきた。濡れたままの漆喰は重く、はがれ落ちる危険も高まる。
その一方で、漆喰には暮らしに向いた性質がある。湿気を吸ったり吐いたりする調湿性、断熱性、燃えにくさ。土蔵は、壁土を何度も塗り重ねて20〜30cmもの厚さにし、その上を漆喰などで仕上げた耐火の倉だった。においを和らげ、ホルムアルデヒドを吸着・分解する働きがあることも、研究で示されている。
鏝で、一層ずつ
漆喰は、職人が鏝(こて)で塗る。下塗り、むら直し、中塗り、上塗りと層を重ね、それぞれが落ち着くのを待ってから次の層に進む。下の層は下地にしっかり食い込ませ、上の層ほど薄く、なめらかに仕上げていく。
洋館の天井によく使われたのが「木摺り」の下地だ。細い板を少しずつ隙間をあけて打ち付け、そこに漆喰を塗り込む。隙間に入り込んだ漆喰が裏側で固まり、引っかかって天井を支える。工学院大学の研究によれば、当時の仕様書には練り水の量の指定がなく、練りの硬さは職人の感覚に任されていたという。
鏝は、面を平らにするだけの道具ではない。江戸時代の中期には、色漆喰で紋や絵を浮き彫りにする「鏝絵」が生まれた。伊豆・松崎に生まれた入江長八(1815〜1889)は、江戸で狩野派の絵を学び、色彩豊かな鏝絵の技法を完成させた。代表作に浄感寺本堂の「八方にらみの竜」がある。
洋館の天井を飾る、石膏の装飾
明治以降の洋館では、漆喰の面に「石膏のレリーフ」を組み合わせた天井が多くつくられた。石膏プラスターは焼石膏を主な材料とし、漆喰とは固まり方が違う。硬く強く、早く固まり、収縮によるひび割れが出にくい。型に流して同じ形の装飾をいくつもつくれるのも、石膏の強みだ。
横浜のホテルニューグランド本館(1927年、渡辺仁設計)は、その代表的な例だ。2階のロビーと宴会場の天井は、ラスモルタルの下地に漆喰で仕上げ、石膏のレリーフを組み合わせた装飾吊り天井である。宴会場「レインボーボールルーム」のアーチ状の天井は、当時の左官職人の最高傑作とされる。
漆喰の白い面と、型で抜いた石膏の陰影。二つの材料の性格が、一枚の天井で補い合っている。
重い天井を、地震から守る
美しい天井には、弱点もある。重いのだ。2011年の東日本大震災では、天井の落下による被害が約2,000件にのぼった。これを受けて2014年4月に建築基準法の施行令が改正され、一定の条件を満たす吊り天井は「特定天井」として、新しい安全基準が設けられた。
既存の天井には新しい基準はさかのぼって適用されず、「既存不適格」として扱われる(横浜市)。
ホテルニューグランドの改修は、この課題にていねいに向き合った例として知られる。もともと天井は竹と銅線で吊られていた。改修では、既存の石膏レリーフをいったん取り外し、天井の面と下地を補強してから、元の位置に戻した。取り外したレリーフはステンレスの棒で継いで補強し、ガラス繊維で裏打ちしてから付け直している。吊り材はステンレスに替えられた。
事前の調査も念入りだった。コンクリートの試料採取やX線撮影、3Dスキャンに加え、狭い天井裏には、模型の戦車にスキャナーやカメラを載せて走らせたという。主な部材を残し、当時の工法を受け継いだまま強くする。そのための方法を新しく開発し、実物大の振動実験で大地震でも損傷しないことを確かめている。
- 1927本館が開業。漆喰と石膏レリーフの天井
- 2011東日本大震災。全国で天井の落下が相次ぐ
- 2014施行令改正。「特定天井」の基準ができる
- 2016天井の耐震化を含む改修を終え、リニューアル10月
泊まって、天井を見る
漆喰の天井は、光で表情を変える。朝、窓からの光が低い角度で入るとき、レリーフの凹凸はいちばん深い影をつくる。夜の照明の下では、白い面がやわらかく光を返す。人の少ない時間のロビーで、同じ天井を二度見上げてみてほしい。
天井を見上げるときは、面と装飾の境目にも目を向けたい。鏝でならした平らな面と、型で抜かれたレリーフでは、光の返し方が少し違う。その違いに気づくと、一枚の天井に二つの手仕事が重なっていることが見えてくる。
この技法が見られるホテル
- ホテルニューグランド(横浜・1927年・渡辺仁):2階ロビーと宴会場の、漆喰と石膏レリーフの天井
参考にした資料
- デジタル大辞泉・世界大百科事典・ブリタニカ国際大百科事典「漆喰」(コトバンク)
- 沢辺大輔・鳥越宣宏「漆喰の文化と化学」『化学と教育』64巻3号(日本化学会、2016)
- 田中良ほか「左官材料の炭酸化と物性に関する研究 その1」(日本大学)
- 東京大学生産技術研究所 桑野研究室「漆喰の物理・力学特性における土質力学的解釈」
- 日本建築仕上学会 2021年大会学術講演会 梗概(工学院大学・後藤治ほか)
- 国土交通省「建築物における天井脱落対策」資料/横浜市「特定天井について」
- 日本建設業連合会 耐震改修事例(ホテルニューグランド)/BELCA賞 受賞資料/神奈川新聞(2016年10月4日)


