コンクリートは押す力に強く、引っぱる力に弱い。鉄はその逆だ。二つを組み合わせた鉄筋コンクリートは、関東大震災のあと日本の都市に広がった。錆から鉄を守る「かぶり厚さ」の理屈、型枠とPコンの跡が語る打放しの肌、そして丘に半分沈む安藤忠雄の美術館を読む。
二つの材料の、得意と不得意
コンクリートは、押しつぶす力(圧縮)には強いが、引っぱる力(引張)には弱い。鉄筋は、引っぱられても切れにくい。鉄筋コンクリート(RC)は、この二つの得意と不得意を補い合わせた材料だ。
梁に重さがかかると、梁は少したわむ。このとき上側は押し縮められ、下側は引きのばされる。コンクリートが上側の押す力を受け持ち、下側に入れた鉄筋が引っぱる力を受け持つ。梁の下のほうに鉄筋が多く入っているのは、そのためだ。
組み合わせがうまくいく理由は、ほかにもある。ふだんの温度の範囲では、鉄筋とコンクリートは温度による伸び縮みの割合がほぼ等しいとされる。暑さ寒さで二つがずれて、はがれてしまうことが起きにくい。
鉄を錆から守る、見えない厚さ
コンクリートの中で鉄筋が錆びないのは、コンクリートが強いアルカリ性だからだ。pHは12〜13ほどあり、鉄筋の表面に薄い保護の膜をつくる。ところが、空気中の二酸化炭素がしみこむと、コンクリートは表面から少しずつ「中性化」していく。pHが9〜10ほどまで下がると膜が壊れ、鉄筋が錆び始める。錆びた鉄はふくらみ、まわりのコンクリートを割ってしまう。
だから、鉄筋のまわりには一定以上の厚さのコンクリートが必要になる。この厚さを「かぶり厚さ」という。建築基準法施行令の第79条は、部位ごとに最小のかぶり厚さを定めている。
震災が広げた、鉄筋コンクリート
日本では明治30年代から、佐世保の海軍施設などで部分的に鉄筋コンクリートが使われ始めた。ただ、どれが最初かははっきりしない。1911年に完成した三井物産横浜支店(遠藤於菟設計)は、全体を鉄筋コンクリートで建てた建物とされ、日本初の鉄筋コンクリート造のオフィスビルとして今も残っている。関東大震災でも、負傷者を出さずに耐えたという。
その関東大震災が、流れを決定づけた。翌1924年、市街地建築物法の施行規則が改正され、日本で初めての耐震の基準が定められる。官庁や駅舎、学校、病院、銀行、百貨店が次々と鉄筋コンクリートで建てられ、同潤会は約12,000戸の住宅を供給した。
- 1900前後佐世保の海軍施設などで部分的に使われ始める明治30年代。最初の例ははっきりしない
- 1911三井物産横浜支店。日本初のRC造オフィスビルとされる
- 1923関東大震災
- 1924日本初の耐震基準
- 1976住吉の長屋(安藤忠雄)。打放しの住宅
- 1992ベネッセハウス ミュージアム(安藤忠雄)
打放し:型枠の記憶を残す肌
コンクリートは、木や金属の型枠に流し込んで固める。固まったあとにタイルや塗装で仕上げず、型枠を外したままの肌を見せるのが「打放し」だ。そこには、型枠がどう組まれていたかが、そのまま記録として残る。
型枠によく使われる合板は、900×1,800mm(3尺×6尺)ほどの大きさだ。打放しの壁に縦横の目地が規則正しく並んでいるのは、この板の継ぎ目の跡である。壁に点々と並ぶ丸いくぼみは「Pコン」の跡。向かい合う型枠の間隔を保つ「セパレーター」という金具の端を、Pコンという部品で受けていた跡だ。
つまり、打放しの壁を見れば、型枠の板の大きさや、金具をどこに入れたかがわかる。目地とPコンの並びは、設計者が割り付けた模様でもある。安藤忠雄の建築では、その並びが壁全体のリズムをつくる。
安藤が1976年に設計した大阪の「住吉の長屋」は、建築面積33.7㎡の小さな打放しの住宅だ。大阪府の資料は、1960年代に型枠の工法が改良されて定着したこと、打放しの仕上げには高い精度が必要だったことを記している。型枠を正確に組み、コンクリートを密に詰めなければ、美しい肌は得られない。
打放しの壁に塗る撥水材は、水や塩分のしみこみを抑えるが、中性化を抑える効果はほとんどないとされる。効果も長い年月のうちに薄れていく。
丘に半分沈む美術館
直島のベネッセハウス ミュージアムは、1992年に開館した。設計は安藤忠雄、施工は鹿島建設、延床面積は3,643.4㎡。鉄筋コンクリートの建物の半分を地中に埋め、島の景観を保っている。
公式の日本語の説明「建物の半分を地中に埋め」に合わせた模式図。実際の形や比率とは異なる。
土に埋めるという選択は、鉄筋コンクリートだからこそできる。土の圧力や湿気に耐え、地中に大きな空間をつくれる材料だからだ。2004年に開館した同じ島の地中美術館は、その考え方をさらに進めた建物として見比べられる。
打放しの壁は、光を受けとめるためのスクリーンでもある。
泊まって、壁を見る
打放しの建物に泊まったら、朝と夕方に同じ壁を見てほしい。低い角度の光は、型枠の木目や目地、Pコンの跡をくっきりと浮かび上がらせる。昼の光の下ではほとんど平らに見えた壁に、型枠の記憶がよみがえる時間だ。
この技法が見られるホテル
- ベネッセハウス(直島・1992年・安藤忠雄):半分を地中に埋めた、鉄筋コンクリートのミュージアム
参考にした資料
- 日本建築総合試験所「コンクリートの中性化と鉄筋の腐食」
- 国土交通省「建築基準法施行令 第79条(かぶり厚さ)」資料
- 東京理科大学『科学フォーラム』(日本の鉄筋コンクリートの歴史)/日本建設業連合会『ACe建設業界』2017年1月号
- 内閣府 防災情報「関東大震災と耐震基準」/大林組 社史
- 日本建設業連合会「型枠工事の省力化」資料/大阪府「住吉の長屋」登録資料
- 日本コンクリート工学会 論文(撥水材の効果)
- ベネッセアートサイト直島 公式マガジン(2024年1月号)


