瀬戸内海の直島、海を望む高台に、安藤忠雄が設計した美術館とホテルが一体の建物がある。宿泊客だけが、閉館後の展示室を夜11時まで歩ける。半分を丘に沈めた建築のなかで、昼の来館者が帰ったあとの静けさと作品に向き合う。
丘に半分沈む美術館
直島の、瀬戸内海を望む高台に、ベネッセハウス ミュージアムは建つ。設計は安藤忠雄で、1992年に開館した。「自然・建築・アートの共生」をコンセプトに、美術館とホテルを一つにした施設である。
海の側から丘を見上げても、建物の大きさはつかみにくい。安藤は、建物の半分を地中に埋めることで、瀬戸内の景観を保とうとした。延床面積は約3,600㎡あるが、丘の稜線から大きく突き出ることはない。島の風景のなかで、建物は自分を控えている。
公式の日本語の説明「建物の半分を地中に埋め」に合わせた模式図。実際の形や比率とは異なる。
この記事の問いは、その「埋める」判断にある。美術館を丘に沈めると、外から見える建物は小さくなる。そのかわり、内側には外の光と景色を選んで取り込む空間が生まれる。
埋めることは、隠すことではなく、何を見せるかを選ぶことでもある。
ベネッセハウスはその後、宿泊棟を増やした。1995年にオーバル、2006年にパークとビーチが開き、いまは4棟65室になった。設計はすべて安藤である。島の一角に、一人の建築家が十数年かけて建物を重ねていった。
四つの棟、二つの素材
ミュージアムは鉄筋コンクリート造で、1990年から1992年にかけて鹿島建設が施工した。展示室と10室の客室が、同じ建物のなかにある。美術館のなかに客室があり、作品と同じ屋根の下で眠る構成である。
オーバルは、ミュージアムからモノレールで上った丘の上に建つ。4棟のなかで最も高い場所にあり、客室はわずか6室だ。楕円形の水盤と吹き抜けが特徴とされる。小さな乗り物で丘を上るという移動そのものが、外の世界との距離をつくる。
2006年に開いたパークとビーチは、木造2階建てである。パークは公式に「安藤建築には数少ない木造の施設」と紹介されている。コンクリートで知られる建築家が、海辺のなだらかな土地では木を選んだ。ビーチは全室スイートで、4棟のうち最も海に近い。
コンクリートの丘の美術館と、木の海辺の宿。同じ建築家が、地形の違いに応じて素材を変えている。泊まる棟を選ぶことは、どの地形と素材のなかで眠るかを選ぶことでもある。全65室には、それぞれ異なるアート作品が展示されている。
なお、5歳以下の子どもはミュージアムとオーバルには泊まれない。
閉館後の美術館を歩く
ミュージアムの一般の開館時間は8時から21時までだ。宿泊客は、ミュージアムとパーク内の「杉本博司ギャラリー 時の回廊」を、夜23時まで鑑賞できる。来館者が帰ったあとの2時間、展示室は宿泊客だけのものになる。
地下1階には杉本博司の写真作品「タイム・エクスポーズド」が展示され、屋外にも同じシリーズの海景の作品が置かれている。ブルース・ナウマンの「100生きて死ね」も地下1階にある。同じ作品を、人の多い昼と、静まった夜とで見比べられるのは、泊まった人だけである。
宿泊客向けには、毎日16時からギャラリーツアーが行われる。パークでは17時20分からアートツアーがあり、金曜と土曜は20時からも開かれる。どちらも作品の背景を知ってから、夜の展示室に戻ることができる。
泊まるなら、夕方に屋外の杉本作品の前に立ち、写真のなかの水平線と、目の前の瀬戸内海の水平線を重ねてみてほしい。日が沈んだあと、半分埋められた展示室で、外の光がどう消えていくかを確かめたい。埋めるという判断の意味は、夜になると最もよくわかるはずだ。
島に重なる、安藤建築
直島には、ベネッセハウスのあとも安藤の建築が増えていった。2004年に地中美術館、2010年に李禹煥美術館、2013年に古民家を改修したANDO MUSEUMが開館した。2025年5月には直島新美術館が開き、島で10番目の安藤建築とされる。
- 1992ベネッセハウス ミュージアム
- 1995ベネッセハウス オーバル
- 2004地中美術館
- 2006ベネッセハウス パーク・ビーチ
- 2010李禹煥美術館
- 2013ANDO MUSEUM
- 2025直島新美術館島で10番目の安藤建築とされる
安藤は、クライアント個人の感性がこれほど輝く美術館は稀だと述べている。直島での安藤の仕事は、ベネッセハウスから始まった。地中美術館は、その名のとおり地中に設けられた美術館とされ、ベネッセハウスの「埋める」考え方を進めたものとして見比べられる。泊まった翌日に島を巡れば、33年にわたる一人の建築家の変化をたどれる。
ここで見る、三つのこと
- 1閉館後のミュージアムの展示室21時の閉館から23時まで、宿泊客だけが歩ける。地下1階の杉本博司とナウマンの作品を、昼と夜で見比べる。
- 2ミュージアムからオーバルへのモノレール4棟で最も高い丘へ上る小さな乗り物。移動するあいだに、丘に沈んだミュージアムの姿を確かめる。
- 3屋外の杉本博司「タイム・エクスポーズド」写真の海景の水平線と、目の前の瀬戸内海の水平線。夕暮れどきに重ねて見る。
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安藤忠雄(ベネッセアートサイト直島 公式マガジン、2024年1月号)



